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戦争責任の探求 日本兵捕虜 二

ガダルカナル

■米軍をもっとも驚かせた日本兵の行動

米軍をもっとも驚かせた日本兵捕虜の行動とはなにか。

それは戦時情報局(OWI)が1953件という膨大な尋問調書を使って、
1945年12月に作成した「日本人の捕虜の態度」という
総括的レポートに見る事ができる。

レポートには、日本兵捕虜252人中70%が、
米国、オーストリア、満州の永住を希望した事など、
驚くべき実態が示されているが。
もっとも米軍を驚かせたのは、以下の事例である。

<事例>
捕虜は日本の陣地の上に(航空機で)飛んで、本陣や砲台の位置を教えると述べた

<事例>
捕虜は連合国の兵士となりたいと申し出るばかりか、可能なら、
連合国軍の上陸の前に第五列(敵内部にいるスパイ)として、
日本でプロパガンダさらにはスパイ活動の申し込みだった。



このような事例は、捕虜の80%以上であったとされ
米軍にとって驚愕であり、信じられない行為であり、
ただあきれてしまったようである


■捕虜の供述で大損害

1944年2月、アメリカ陸軍第37師団は、
ブーゲンビルで熊本の陸軍第6師団と対峙してた。
アメリカ軍はソロモン諸島の南部でガダルカナルの日本軍を
完膚なきまで撃退した1年後でもあったため、ブーゲンビルでも
日本軍に対し優勢を保っていた。

日系2世のロイ・ウエハラは、同年3月8日。
日本兵捕虜の尋問に当っていた。
彼が担当したのは上等兵だった。
尋問早々、その上等兵は彼にこの島からいつ離れられるかと質問した。
ウエハラは日本兵が偽名を使っている事や、
日本軍に奪還されるのを恐れている事を良く知っていた
つまり、上等兵は日本軍の反攻が成功してアメリカ軍が敗北し、
自分の身柄が日本軍に捉えられ、日本軍によって処刑されることを
なによりも恐れていたのである。
日本軍は敵の捕虜となった場合は、自殺するように命令してたのだ。

そこでウエハラは、その上等兵に一週間ほどの尋問が終われば、
日本軍が攻めてくる恐れのまったくない後方へ船で送られることになると伝えた。

ウエハラがびっくりしたのは、そう聞いて、上等兵が出し抜けに、
日本軍が3月23日。つまりは春分の日の朝に期して
大攻勢をかける準備をしているとしゃべったことである。

ウエハラはその極秘情報がアメリカ軍司令部に届いてないことを知っていたが、
とぼけて、その攻撃情報は他の多くの捕虜がすでに供述しているので、
新しいものではないと上等兵に答え、30分ほど平静を装い。
すぐに上官に伝えた。
上官は当初信じなかったが、他の捕虜にも尋問し、
計画が事実であることを確認。トップに連絡した。

アメリカ軍はすぐさま攻撃準備し、陸海軍が連携し、
日本軍へ大規模な先制攻撃を行った。
不意の攻撃によって、日本軍の陣営はズタズタに引き裂かれ、
5千人の死者と3千人の負傷者という大損害をだした。

一方アメリカ軍は263名の死者に過ぎなかった。


この功績を称えられ、ウエハラは1944年にブロンズスター勲章を受章した。

■敵も呆れる指揮官の無責任

捕虜の供述によって、日本軍が大損害をこうむった例は数え切れないほどある。
祖国の為に勇敢に戦った兵士が、なぜ連合国兵になりたいだとか、
スパイになりたいと志願したのか。

日本軍から捕虜がまとまって出た最初は、
ガダルカナルの戦いと言われている。
とはいっても、島全体でも200人から300人程度で、
実に死者の1%に過ぎない。
ガダルカナルで捕虜として捉えられた
尉官クラスの将校もさえも少なかった推測される

ガダルカナルにおいて米軍が呆れたのは、
上級将校のいち早い指揮放棄である。

その点に関して
アメリカ軍の「日本への心理戦争の基本計画会議録」(NARA)で
ムンソン大佐がこのように述べている。

日本の侵略が止まった時、捕虜がごく少数しか捕らえられなかったのには、
ともかく驚いた。アウステン山の掃討が完了した後、
23人しか捕獲できなかったのだ。
捕虜たちは嘆いていた。捕虜にならざるをえなかったと自らを慰めていた。
健康が回復してからフランクに意見を言い出した。
将校たちの我先の脱出を目撃したこと、第17軍の百武将軍が島を去ったことを、
彼らは知っていた。また第2師団の丸山将軍もすでに離れたことも知っていた。
第124連隊の岡大佐は我が第25師団の包囲をかいくぐって逃げ延びた。
彼らの脱走が兵士の士気を喪失させ、
精神の訓練で得ていた義務への奉仕の気持ちを変えさせて、
彼らを捕虜にした原因だと私は思う



もう一つ例を挙げておく、
今度は、悪名高い作戦で知られるインパール作戦における
下級将校の手記である

我々、第一線将兵は、幾度と無く、繰り返し繰り返し高級指揮官に
重砲と飛行機は一体どうしているか、早く送ってくれぬば敗北は分かりきっている、
是非とも、と願っていたのでありますが、その要求は少しも入れられず、
全くそれを無視して、反対に知らぬ顔で次々と山のように送られて来たのは
どう考えても実行が不可能なやくざな命令ばかりだったのであります。
しかも、それを実行すれば死ぬのは分かりきっているし、
何の役にも立たぬ可能性のない命令なのでありますが、
どうにかして服従しようとして苦労に苦労を重ねて、
その挙句忠実な兵は気の毒にも犬死にしていったのであります。

このように参謀や高級指揮官は、はるか後方に隠れていて、
何等前線の苦闘を知らず、ただただ、まだ努力が足りぬ、
もっともっと勇敢に奮戦しろと厳しく要求し、連日の死闘に
くたくたに疲れた兵をさらに苦しめているばかりなのであります。(中略)

私がこのような日本軍に対する意見を述べますと、
中には以前からずっとそのような考えであったかどうか?
とお尋ねになる方もあるでありましょう。
もちろん私が前線に赴任してくる前、平和なタイ国にいた頃までは、
そのような考えはさほど深くはありませんでしたが、
前線に来てみて、敗戦にヤケクソになった高級指揮官の冷酷な命令や、
第一線将校を動物以下に取り扱い、その挙句尊い命を紙屑を捨てるように
投げ出す無残なやり方を見た時、何もかも踏みつけにした
彼等の行為に対する憎悪の念が雲の如くわきおこり、
私はその中で、ひどく苦しんでいたのでありました

が、しかし、遂にそこを脱出した今日では、その雲もすっかり晴れ渡りました。
日本が英国と手を握らなくとも、
私は英国と個人的に手をい握って新しい道を発見したのであります。
英国と手を取り合って行くからには、なにか英国のお手伝いでもできることがあったら幸いと、
その日の来るのを楽しみに待っている次第なのであります



指揮官に対する憎悪なるものがひしひしと伝わって来る手記である。
部下に無謀な命令を強い、戦陣訓のいう潔い死を要求しながら、
自らは指揮を放り出し、部下を見捨てて保身に走る。
いかに愛国教育を徹底された帝国軍人であれ、不信に思うのが至極当然であろう。
米軍をもっとも驚かせた日本兵の行動の背景には、
こうした指揮官たちの無責任な行動があった。

■戦後の日本人も同じ

敗戦までの本土の日本人の多くは、
日本軍捕虜は存在せず、捕虜になれば敵に殺されると思っていた。
占領軍が上陸を開始した際も、男子は殺され、
女子はレイプされるというプロパガンダを信じていた。
これは敵に投降する前の日本兵捕虜の心境と同じである。

ところが、米軍は予想に反し、飢餓寸前の日本人に多量の食料を供給し、
医薬品や衣料品を与えた。
これも日本兵捕虜が味わった待遇と同じである。

日本兵捕虜は、負傷しているものは手厚い治療が施され、
一般米兵とほとんど変わらない食事を与えられ、
しかも、給料まで与えられ、収容所内で買い物すらできた。

日本人は、殺すどころか、救援の手を差し伸べてくれた占領軍に感謝感激し、
占領という国辱すら忘れ、米国に全面協力するようになった。
占領軍に積極的に情報提供して戦争責任の追及に協力したり、
隠蔽武器や物資のありかを教え、
大本営の元高級参謀らすらマッカーサーの諜報機関に協力したのだった。


占領軍は戦時中、日本兵捕虜に尋問を行った日系米国人兵士の人員を増強し、
文章の翻訳や戦犯容疑者の尋問に当たらせ、
日本人が捕虜になれば、新しい権力者の言うがままになり、
軍事や国家の重要機密情報をなんなりと流すという教訓を生かし、

戦後も日本人からあらゆる情報を手に入れたのだった。

実は現在もその方針は変わっていない。
日本企業を買収し、経営陣をスカウトし、ありとあらゆる情報を手に入れ、
戦前の戦略情報局の後進であるCIAは日本の国防と企業の情報収集を行い、
米国企業を常に支援してきたのである。

参考文献:日本兵捕虜は何をしゃべったか
     山本武利著 文春新書

次回へ続く 日本人捕虜と情報管理の問題を予定
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